びしょの日記 (vipshota’s diary)

これはショタコン的視点からの雑多な日記帳です。まじめな記事が5割、ふまじめな記事が5割でできています。将来黒歴史になる予定です。

一宮・中3自殺の件についてのツイッターの投稿まとめ

自殺中3 担任に不信感 一宮市教委謝罪 : 中部発 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

一宮・中3自殺の件、これね、読売の新聞記事を読む限り、子供が担任に不信を持ったのが直接の原因ではなく、親が担任に不信を持ち続けたことが子供に影響した感じがするよね。記事だけで判断するのは軽率ではあるが、今回も直接の原因は担任ではなく親にあるのではないかと思ってしまう。

https://twitter.com/vipshota/status/831268910037032960

男子生徒の母親が、教員のおそらく業務時間外に怪我(指の骨折)のことで問い合わせて、対応を明日に持ち越した件で不信を持ったと言っているけれど、指の骨折で業務時間外に対応して当然か、断って当然かは判断の別れるところだと思う。小学生じゃあるまいし、親がちゃんと対応できていたようだし。

https://twitter.com/vipshota/status/831270027353481216

そもそも時間外に対応しようにも判断できる人(管理職や養護教員)がいなければ具体的な対応はなに一つできなかったはずで、担任が対応したからといって治りが早くなるわけでもなく、金銭的な解決(保険関連)もすぐに行う必要もなく、落ち着いて判断するべきだったのではないか、と思う。

ただし、翌営業日に管理職に話が行っていなかったのは落ち度があると言わざるを得ないだろう。

震災で自主避難した子に対するいじめで子供たちに被災でお金もらってると吹き込んだのは周辺の大人であるのと同様に、この自殺した子供に不信を植えつけたのはやはり周辺の大人だと思う。子供に信じる気持ちを教えるのは、親にしかできない仕事だと僕は思う。理想論すぎるか。

https://twitter.com/vipshota/status/831272220538187776

こういう感想が出てくるのは、親が二人ともどうしようもない教師で、どうしようもない妹がなんと教師になってしまったという僕の実体験がベースになっている。こんな教師や教師の卵と毎日生活してきた結果、教師というのは信用するとかしないとか、そういう次元で議論してはいけないことに気づかされた。

https://twitter.com/vipshota/status/831277916847632384

教員は、社会経験のない、不完全な人である。失敗もするし、間違ったことを教えることもあるし、いじめもするし、思い込みもするし、差別もするし、そして病んだりもする。教師は完璧でなければいけないとか、信頼できる人でなければならないとか、そういうのはとりあえず忘れるべきである。

子供の自殺のたびに思うのだけれど、一番の原因は家庭の中にあって、親が一番の加害者なはずなのに、学校が絡むと親は必ず被害者側に立つので一番の原因が究明できないんだよね。年間数十人の子供が自殺していて、その予備軍が何百人、何千人といるはずなのに、それを救う手段を放棄しているメディアの罪は重いと思う。

https://twitter.com/vipshota/status/831279755680821248

などと、小学生が個性キラー(公立小学校)に吸い込まれていくのを見ながら、ショタコンは思ったのです。

https://twitter.com/vipshota/status/831280492590702593

一部追記・改変しました。

1月に見た映画のレビュー

『マッドマックス 怒りのデス・ロード ブラック&クローム』レビュー

~実写映画の寿命を伸ばした~

実写映画には実写の限界がある。CG全盛になったとしても、CGかそうでないかは見れば分かる、そういう時代もあった。

この映画は、僕の中で引かれていた実写映画の限界を、また一つ超えた気がする。数多くの賞を穫っただけのことはある。確かに見る価値はあった。

☆5

『ザ・コンサルタント』(The Accountant)

主人公は自閉症だ。"数"についての特異な才能を生かし、会計士の仕事をしている。そんな主人公による

「障害を持ちながらも健気に生きる会計士のお話」ではない。

「正義の味方になって悪を裁きまくるお話」でもない。

話は複雑で、字幕で、自閉症の主人公だからコミュニケーションに難があり、表情もほとんど変わらない。正直、説明不足は否めない。楽しく痛快な映画を期待していくと期待外れになるだろう。

☆3

ブラック企業はヤクザと同じ法で取り締まれ

toyokeizai.net

この記事を見て、給料や仕事をタテに取り労働者を奴隷のように扱うブラック企業と、違法な行為で金を稼ぐヤクザと何が違うのか、とふと考えてしまった。

ヤクザ(暴力団)の力の源は、その名の通り暴力である。様々な違法・合法行為において、最後は(違法な)暴力で解決する力を持っているということが、金を稼ぐ際の根っこにある。だから、刑務所に入れられたとしても舐められるよりはまし、という発想が生まれてくるし、そこに恐怖の源もある。

一方、ブラック企業の力の源は、業務命令と給料である。労働者が楯突いてきたときに、違法な業務命令や社会正義にそぐわない給料変動によって、労働者を従わせることができると思っている。さらに、経営者はこれら行為において労働基準監督署等から業務改善命令を出されるかもしれないが、実際に経営者が収監されることは稀である。

ヤクザがなぜ生まれるのかというと、そこには貧困があり、差別があり、離別がある。これは社会全体が抱える闇であり、ヤクザが吸収しなければ、この闇が各地に拡散するだけで、何も解決したことにはならない。では、ブラック企業がどの社会の闇を吸収しているのかというと、安いコストで請け負う業務とか、不人気だけれども誰かはやらなければならない仕事とか、そういうものかと思いきやそうでもない。

ブラック企業の問題は、やはり頭(経営者)にあるのだろう。上が変わる意思がないのに、下がユニオンだ労働組合だと騒いだところで意味がない。変化は両者の歩み寄りでしか訪れない。そして問題の根っこは社会の闇などではなく、経営者の頭の悪さが原因なのだから。

最近その流れを見せているが、僕はブラック企業を「反社会勢力」として取り締まるべきであると考える。そうするには民法やら刑法やらの様々な壁があるのかもしれないが、違法な行為で金儲けをするブラック企業は、違法な行為で金を稼ぐヤクザと何も変わらないはずだ。「ブラック企業」などとやんわりした言い方ではなく「反社会企業」と言うべきではないだろうか。

なぜ日本のイタリアンのピザの裏は白いのか

僕はイタリアンが好きだ。日本の魚料理や寿司と同じぐらい、イタリアンが好きだ。日本のトンカツや牛丼と同じぐらい、イタリアンが好きだ。

日本のイタリアンの店主に問いたい。なぜ、日本のピッツァの裏地は白いのか、と。

僕は、それなりに本場のイタリアンを食べてきたと思っている。北から南まで、メニューにPizzaが存在するピッツェリア(Pizzeria)では、腹が減ったと思ったらとりあえずピザを食べていた。イタリアンが好きで食べていたわけではなく、生きるために食べていたという側面が多いのかもしれないが、それでもカプリチョーザ(Capricciosa)を食べ、マリナーラ(Marinara)を食べ、プロシュート(Prosciutto)を食べ、4つのチーズ(Quattro formaggio)を食べていた。バール(Bar)でもレストランテ(Ristorante)でも、ピッツェリアが併設されているところが多く、読めないメニューで迷ったら、読めるピッツァを食べていた。

生地が厚いの、薄いの、耳がもちもちなの、カリカリなの、丸いやつから四角いやつまで、色んなタイプのピッツァを食べてきた。本場に限らずその周辺国やトランジットでも食べてきた。その僕の多いようで少ないヨーロッパでのピザ経験において、ピッツァの裏地が白かった記憶はない。記憶がないだけで、実際は白いのがあったのかもしれないが、とにかく記憶にはないのだ。

僕は問う。なぜ日本のイタリアンのピザの裏は白いのか、と。美味しいか美味しくないかを問題にしているわけではない。素朴な疑問として、理由を知っているなら誰か僕に教えて欲しい。

朝日新聞記者の発言についてのツイッターの投稿まとめ

に対する僕のツイート

すごいよな。戦前は戦争を煽り日本を敗戦に導き、戦後はありもしない事実で日本を貶め、ねつ造が指摘されてもそれを無視し超論理で人を叩く、これが「朝日新聞」という存在。

https://twitter.com/vipshota/status/819250538822782976

朝日新聞」曰く、僕は他人よりも賢いから弱者に寄り添うことができるんだ。Kさんは弱者でJさんは強者だと決まっている。だから、ねつ造してでもKさんを応援するし、ねつ造した事実を認めないJさんを悪者だとののしるんだ。これを間違いだと言う奴は僕よりバカだから絶対に僕の方が正しいんだ、と。

https://twitter.com/vipshota/status/819252290150240256

弱者に寄り添うのは良いとしても、事実に立脚しない相手の妄想に付き合うのは、建設的ではないと思うんだよなあ。

https://twitter.com/vipshota/status/819252970457923584

(一部、自分のツイートを改変しました)

この朝日新聞の記者の主張を翻訳すると次のようになるだろうか。

首相は(あるいは、日本政府は)朝日新聞がねつ造した事象(過去)に背を向けて逃げよう、逃げようとしているようにみえる。しかし、そうすればするほど、朝日新聞朝日新聞がねつ造した事象に立脚した韓国の市民団体やメディア(過去)はひたひたと追いかけてくる。ねつ造した事象に立脚する人たちの言い分を認める(過去を過去にする)ためには、真実ではなく朝日新聞と韓国の市民団体やメディアにとって都合の良いねつ造(過去)と向き合い、ねつ造した事象に立脚する朝日新聞や韓国の市民団体やメディアの言い分(過去)に真摯に学ぶしかない。朝日新聞が直視したくない真実に立脚した歴史と国際合意を(未来、未来と)繰り返しても朝日新聞がねつ造した事象(過去)は消えない。

確かに、こうして見ると朝日新聞の主張は明快で単純だ。「ねつ造された事象を認めよ」「ねつ造された事象に立脚する韓国の市民団体やメディアに謝罪しろ」「真実に立脚した歴史や国際合意を無視しろ」と言っている。

これが、頭が良い人たちのなせる技だと思うと、本当に頭が痛くなる。